吉川町山田錦村米部会会長
「二十歳の山田錦物語」実行委員会会長

五百尾 俊宏さん

Profile
昭和18年、三木市吉川町生まれ。農協勤務、吉川町町会議員などを経て現職。原料米産地求評会に毎年参加し、灘五郷酒造組合や兵庫県酒造組合連合会とともに山田錦の出来をチェックしている。


心白がはっきりしている
山田錦は、
酒造りに最適な品種です。

山田錦は1923年(大正12年)に人工交配を行い、1936年(昭和11年)に誕生した品種です。それ以来ずっと作り続けられ、後発の酒米が次々と出てきてからも「酒米の王様」として君臨し続けている。こんな品種は他に類を見ません。特徴は粒の大きさと、米の真ん中にある「心白」と呼ばれる部分。心白には麹の菌糸が入り込みやすいので、酒造りにこの上なくふさわしい米なのです。交配から数えて100周年を迎えた山田錦を、これからもしっかりと継承していく。気候変動などに悩まされ楽な道ではありませんが、誇らしい仕事です。

良い酒米をつくるのは
土壌と気象条件、
作る人の情熱が不可欠。

昔から「酒米を買うなら土を見て買え」と言われています。粘土質という文字通り土の性質もありますが、段々になった地形、昼と夜の気温差が10度以上あることも重要ですね。さらに欠かせないのは、稲の姿を常に見ること。“欲しい時”を見極めて水や肥料をやる。作る人の情熱と、長い間積み重ねた経験がものを言います。背が高く倒れやすい山田錦は、「倒して倒さず」と言って、穂先が地面につきそうでつかない加減に留めるのが腕の見せどころ。粒が外れやすいこともあって、とにかく優しく扱わないといけない。それこそ、自分の大切な娘を扱うような気持ちで向き合っています。

籾が黄金色になったら
稲刈りのサイン。
手刈りの体験は一生の財産に。

2019年にスタートした「二十歳の山田錦物語」は、19歳以上の大学生の皆さんが田植えや稲刈りなどの酒米作りから、収穫した酒米を使った醸造までを体験し、20歳の春に完成した日本酒を味わうというプロジェクトです。コロナ禍での休止を経て、昨年6月に4年ぶりに再開することができました。10月に入り、自分たちの手で田植えした山田錦が黄金色になって収穫期を迎えている様子は感慨深かったことでしょう。現代にはコンバインがありますが、昔はみんな手でやっていたものです。鎌を使って手刈りを体験してもらいましたが、農業に興味があって応募してくれた学生さんたちだけに、「大変だけど、酒米が身近に感じられた」と楽しく取り組んでもらえたようです。できあがったお酒を通して酒米作り、酒造りを思い出してもらいたい。そして日本酒が好きになってもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。

次へ>